ある日、つくる会に1枚の古地図が持ち込まれました。明治14年にフランス人によって製作された中野島近辺の古地図でした。見ると、「中野島村」という文字が右から左に向けて書かれてあり、現在の地図と比較すると、多摩川の境界線など一部が微妙に違っています。

この古地図をきっかけとして何かできないだろうかと話し合った結果、町の歴史を学ぼうという動きが出てきました。

新多摩川ハイムの居住者は、このマンションの竣工した平成元年前後から中野島に転居してきました。かつては新参者であった私たちも、長い者で30年を超える居住となり、中野島を第二の故郷と考える人が増えていると聞きます。そしてこの町がもっと素晴らしい町として発展してほしいと願っております。

一方で、町の発展を望みつつも、いたずらに便利さだけを求めていいものかどうかという懸念もあります。例えば、多摩川はいつまでもきれいな水と空気を運ぶ川であって欲しいと思います。未来を語るにはまず古にならうべきと考えた私たちは、まずこの町の歴史を学ぼうということになりました。

項目としては、多摩川、南武線(含砂利鉄道支線)、中野島駅、筏道、石仏・石碑、二ヶ領用水、多摩川音頭などについて調べ、知り得えたことをすこしずつ発表していく予定です。

歴史を知るためには先人の残した資料・文献等に頼ることになりますが、それらはすべてを網羅しているとは限りません。資料などに書かれていないことは、代々住んでおられる地元の方々にご協力をいただき、教えを乞いたいと考えております。その際にはどうぞよろしくお願いいたします。

第一回として、正月元旦に「南武線いまむかし」を皮切りに1週間に1回のペースで記事を掲載していく予定です。どうぞご覧ください。記事をご覧いただいて、もし間違いなどありましたら、また追加の情報などありましたら是非お教えいただきたくよろしくお願いいたします。

「ぶらり中野島歴史散歩」予告編動画
(この動画は、トップページの大バナー「ぶらり中野島歴史散歩」をクリックして見ることもできます。)

(八咫烏)

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