はるか遠くに富士、ふり向けば多摩川・・・新多摩川ハイムに暮らす人々の情報共有サイト
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文芸散策

短歌3句掲載のお知らせ

遅ればせながら、文芸館に安藤さんの短歌をアップしました。 句は早々と頂いていたのですが、2カ月ぶりの投稿となってしまいました。 申し訳ありません。 短歌三首(安藤早苗)令和2年5月 季節の題材が入っているのに今頃の投稿で …

短歌三首掲載のお知らせ~「文芸館」

ハイムのひろば文芸館に、安藤早苗さんの新しい短歌三首を掲載しました。どうぞご覧ください。 安藤さんは精力的に制作活動をしておられます。 今後のますますのご活躍をご期待ください。 0

俳夢句会 3月の特選句を掲載しました(文芸館)

スタッフからお知らせです。 本日、文芸館に3月の特選句をアップロードしました。 ハイムのひろばのトップページの右上バナー「ハイムのひろば文芸館」⇒「俳夢句会 今月の特選句一覧表」⇒「特選句過去6ヶ月」からご覧になれます。 …

「ハイムのひろば文芸館」オープンのお知らせ!

9月初め「ハイムのひろば」にカテゴリー「文芸散策」を新設することと同時に、文芸作品を収録するためのサイト「ハイムのひろば文芸館」を構築中であることをご連絡いたしました。 ようやく、準備が整いましたので、10月28日のつく …

野口英世最期の地アクラ訪問記(6)

6.おわりに 今回、実際にアクラを訪問して感じたのは、現地の気候と生活環境の厳しさである。英世が滞在した1927-28年当時は、クーラーはなく、水や電気の供給も十分ではなかったはずだ。さらに、英世の51歳という年齢(現在 …

野口英世最期の地アクラ訪問記(5)

3)リッヂ病院 (Ridge Hospital) 1928年5月、野口英世は、アクラでの研究を終えニューヨークへ戻る前に、ロックフェラー財団のラゴス本部へ顔を出すことにした。ラゴスは、西アフリカ最大の都市で、現在はナイジ …

野口英世最期の地アクラ訪問記(4)

2)コレブ病院 (Korle-Bu Teaching Hospital) コレブ病院は、1926年、当時の英領ゴールドコーストに住む現地人のための病院として設立された。 写真3 衛生検査技師養成 設立時の名称は、ゴールド …

野口英世最期の地アクラ訪問記(3)

5.アクラにおける野口英世の足跡 1)ジェームスタウン(Jamestown) 1927(昭和2)年10月22日、野口英世はアメリカ客船スキシア号に乗り、ニューヨークを後にした。スキシア号は、アクラ行きの船の乗り換え地であ …

野口英世最期の地アクラ訪問記(2)

3.アクラへの道のり 日本から、アクラへの直行便はない。ヨーロッパのロンドン、アムステルダム、ローマ、または、エジプトのカイロ、中東のドバイなどへ行き、そこからアクラへ行く飛行機に乗り換えることとなる。私たちは、最近非常 …

野口英世最期の地アクラ訪問記(1)

1.アクラ訪問への逡巡 野口英世とジョン・D・ロックフェラーの取材のため、三浦基弘前編集長とともに、アメリカ東海岸を旅したのは昨年5月。この旅の終わりに、「今度は、野口博士が亡くなったアフリカに行ってみましょう」と、三浦 …

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