私が東京に出てきた昭和30年代は、神田商店街や浅草で、表での元気のよいもちつきが盛んだった。温泉地でも熱海は銀行の前でもちをつき、道行く人に配ってお正月を祝った。田舎でのもちつきは勿論、年末30日か31日に親せきの若者が集まって近所の家のお鏡もついた。

もちつきは村全体のお正月の御祝い行事だったが、今は杵の音も聞こえなくなった。「もちは買うもの」になったか?
女の子のひな節句にはやなぎの枝に紅白のもちを丸めて花に見立てて祝った。
5月の節句には、だんごもちで馬を作ってこれまた男の子の誕生年を祝った。その馬を作るのが、私のおじいさんは得意で、出かけていってはつくっていた。
農家は、米作りの他にお正月用に、もち米を作り、あんこ用のあずきも育てた。それがどの農家もならわしだった。

たかが、もちつき、消えたけど生活にどんな影響があるのか?もちつきを知らない子供たちにとっては、何ら寂しいものもないでしょう。だが、この子供たちのために「臼でもちつき」をやってみよう。子供たちの表現は今までにない興味を示して、もちつきをしたいと申し出てくる。

自分の手で丸めたもちを自分で食べる。その子供の心の中に何が育っていくのでしょうか?計り知れない豊かな心が育っていくことでしょう。昔の行事は人の心に宿ってつないできたもの。いつから心が切れてしまったのだろうか?

ハロウィンは盛んになったが...。

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