今回のコロナウイルス問題の深刻化でパリの街では食料品店以外すべて閉鎖というニュースが流れました。パリの人達はカフェが閉鎖されてどうしているのだろうか大変気になります。それだけパリの市民に深く関わった存在なのです。カフェにまつわる思い出を緊急投稿させて頂きます。


この写真は、オペラ通り中ほどにあるカフェ、右下がメトロ(ピラミッド)の入り口、事務所がすぐ近くでよく利用した思い出のカフェです。

朝の出勤時間メトロ(地下鉄)から急ぎ足で職場に向かう若い女性。9時少し前なのにカフェに入りました。ビールをお願い!ギャルソンがジョッキに生ビールを注いで渡します。その間に小銭の用意が出来ていて、テーブルに置きます。女性はビールを一気飲み!すぐに飛び出して隣の入り口(事務所)に駆け込みます。皆さん、何を想像されますか?
午後三時頃仕事の帰りに一服と思って事務所の近くのカフェに入ります。常連のお年寄りが赤いワイングラスをカウンターに置いてのんびり時間をつぶしています。時には同じ年頃の老人と話をしています。よく見ると二人とも鼻の頭が赤くなっていました。二人とも常連、しかもアル中。
仕事で関係のある人から電話で「近くのカフェにいます。10分だけ時間をくれませんか?」と。すぐ近くにあるカフェなのでOKして駆け付けました。「実は会社を辞めることにしました。どうもあの社長とは上手くやっていけない。」「それでこれからは?」「この会社から来いと言われて行くことにしました。」渡された名刺は同業の競争相手。私は知っていました、同業の社長同志は競争の相手、しかし従業員は仲間だという事を。日本は逆?
会社で上司と部下が意見が合わずぎすぎすした状態の時上司は帰りに一杯やろうと提案、これは日本でもパリでも同じ。違うのは気楽に行けるカフェがどこにでもあるという事。別れはいつもの握手、時にはアンブラッセ(抱き合って背中を軽くたたく)。
気になる彼女を誘うのはいずこも同じ?友人に頼んで一杯を一緒にやろうとアプローチ、カフェなら実に気楽に一緒できる? 日本ではどこにしよう?! でもこの時は失敗。
シャンゼリセのカフェで見て聞いた話です。日本からの来客と散歩していてちょっと一服と思って立ち寄ったときのこと。部屋の一角に10テーブル分くらいの席が空いています。不思議に思ったのですが、ギャルソン(本来は男の子の意味だがボーイと同じ使い方)の一人からそちらはサービスできませんと言われました。理由は担当がお休みだと言うのです。不思議に思いながら別の席に移動しました。あとで耳にした話しです。担当のギャルソンがその席の権利(サービス料収入)を持っている。その権利は有償で売買も可能、例えばリタイヤーするとすればその権利を息子に譲ることも他人に売却することも可能だと言います。(その後サービス料に対する税法が変わり料金がサービス料込みとなったのでこの制度はなくなった筈です)
昼間は閑散として人気のない田舎町の話を追加します。夕方日が沈むころになるとどこからともなく一人また一人とカフェにやってきます。殆どの人は立ち飲み、或いは二人三人での話はテーブルに腰を下ろし、やがて日が沈むころワイワイガヤガヤ、やがて大声や笑い声で賑わいます。
パリのカフェはノートルダムやエッフェル塔とは異質の文化です。市民交流に必要な文化であり、生活に密着した不可欠の文化です。閉鎖を余儀なくされたパリの市民はさぞや閉塞感に悩まされているに違いないと思います。

東 孝昭

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